星月の君



 ―――それはとある、月や星が美しく見える夜。


 とある貴族の若者が車に乗って邸に向かう途中であったという。
 いつものように女のことなんか考えながら物思いにふけるように、たまたま外へ視線を向けた。それは本当にたまたまなことで、これといって意味はない。だが、すぐに気がついた。

 笛の音である。

 それは澄んだ音で、あまり聞き慣れないものであったため、若者は車を止めさせた。そしてしばらく聴き入った。
 誰が吹いているのか、男は外を見る。そして橋の近くで影を見つけた。暗い中ではあったが、それは身なりの良い、直衣姿の若者に見えたので、男は声をかけようとした。

 笛の音について、ひとこと言おうと思ったからであろう。


 車からおり、再び橋を見た。だがその身なりのよさそうな、若者の姿は既になかった。

 あっというまに、まるではじめからそこにいなかったように……。





< 17 / 71 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop