星月の君
ぐしゃぐしゃにしてやりたいが「裏、落書きに使えるわね」と仕方なく元に戻す。
兄が戻ってきて早々、慌ただしく私のもとに来た理由がなんとなく、わかった。
この時代、いわゆる密通によって世を騒がせるような噂があったりする。身分違いだとか、つまり許されない恋だとかいう、宮中の女房らが好きそうな話が実際あるのは事実だ。
兄は誰かが私のもとへ忍んでこないかと、心配しているのだろう。
もっとも私は兄の北の方、つまり妻でもないのだが。
「悪いが若葉、暫く琵琶や笛を控えてくれ。それから静のほかにも女房をつけよう」
「ごめんなさい、兄上」
こんなことになるだなんて思ってもなかった。
もともと兄の邸よりも別邸にいることのほうが多かった私は、人の少ないことをいいことに琵琶や笛をよく奏でていた。兄が好きな音色を、聞かせたくて練習していた。
兄の、ここの邸にいるようになって、寂しくないと思っていたのに。