星月の君
「あの」
「私は若葉といいます」
若葉…、と口の中で繰り返す。
「顕季の妹ですので北の方ではありませんよ。あなた様と敦忠様が噂をうのみにしなかったのは、やはり兄上の本当のご友人だったからなのでしょうね」
――――妹。
身内だとは予想していた。妹か。なるほど。
思えば顕季殿も琵琶や笛が得意だと聞いたことがあった。
小さく笑う声に「申し訳ない」と謝罪する。北の方ではないとわかっていて「北の方ですか」などと聞いて……。己を恥じた。
問題は解決した。ならばもう用事はないはず。そろそろ敦忠らのもとへ戻った方がいいだろう。だが――――私はそれを少し先伸ばしにした。
「星の出る日に邸の近くを通ると、美しい笛の音が聞こえましたが、あなた様ですか」
「何やら噂になっているようで暫く控えていたのですが―――私は噂になっているような姫でもなんでもありません。お転婆なだけだと兄上によく言われますし」
私は、と一端言葉を切った。
「私は、貴方の笛の音が好きです」
内心何をいってるんだ、と思った。何を馬鹿なことを。
しかし、偽りでいったのではない。本心だった。あの笛の音も、そして琵琶の音も聞くものを惹き付けるだけのなにかを持っていた。
自分で自分を制御出来なくなっていることに、どうしたらいいのか狼狽えてしまう。何故、どうして。これではまるで、元服してすぐの少年のようなものではないか。
いまの私を見たら、あの敦忠は間違いなく笑うだろう。
想像してしまい、己を取り戻す。
これは、そんなんではない。
私は、べつに。