星月の君
私は嫌な予感がしていた。
ものすごく、嫌な予感。
それは兄から聞いていた「どうもお前、怪しげな名前で呼ばれているらしい」といったもので、男たちはすでにその名で私を密かに呼んでいるとかいう話。
噂は噂だと早く消えてしまえと願っていたにもかかわらず、文は相変わらず届く。それを静を中心として女房らが確かめて、問答無用に消し去ったり、あるいは私と小雪の落書き紙にかわっているのだ。
相手が悪かった。
―――――源基俊。
私でさえ知っているその名前は、有名であるからだ。美形で地位もあるものだが、色好みであちこち女性のもとを渡り歩いているとか。
まさかそんな男から文が来るとは思ってもいなかった。
静が必死になるにのにも納得する。
源基俊様はこんな歌をくっつけていた。
みかの原 わきて流るるいづみ川
いつも見きとてか
恋しかるらむ
(みかの原に湧き出し、原を分けて流れる泉川よ、その「いつみ」という名のように、私はあの人をいつ見たからといって、こんなに恋しいのだろうか)
鳥肌がたった。
己で己を抱き締めた私は、どうしようと思う。
ちょっと危険だ。
色好みである彼が噂を気にしている。そして、噂を信じて文を送ってきたとなると、私の身が危険だ。女房たちは信頼出来るとはいえ、いつその美形に陥落されてしまうかわからない。それを静は心配しているのだろう。
話が見えたらしい小雪が、私の衣をつかんで不安そうにしている。
「静……」
「大丈夫ですよ。いざとなったら男など、あれを思い切り蹴りつけて――――」
「何をけるのですか?」
「小雪は、うん。まだしらなくていいと思う」
こてん、と首をかしげた小雪がかわいくて抱き締める。静はといいと一人、ぐしゃりと文を握りしめてぶつぶついっていたので、ちょっと視線を外す。
これだから男は……。
私は"あの人"への文に、少しだけ愚痴ることとする。