星月の君
「当時、上手くなろうといつも笛を持ち歩いていた。しかも父が好きだといっていた星が美しい日に、聞いてもらうとかなんとかいって」
「だから」
「ええ、今でも星か月が出ている夜に奏でる。私も若葉が奏でる音が好きでね」
そうやや照れたように笑う顕季殿に、私も頷く。染み込むようなその音色は、目を閉じてじっくり聞いていたいものだった。
少し想像してしまう。
幼い子が、兄と父が奏でる音を聞いて、自分もと練習する姿。そして、いじらしくもうまくなって二人に聞かせたいという気持ち……。
知っている曲もあったが、いくらかは知らない曲も混ざっていた。それは父君が吹いていたものなのだろう。笛は父君に、琵琶などは母君からも教えて貰っていたという。
「若葉と文のやりとりをしていると女房から聞いた」
妹を大切に思っているからこそ、であろつう。
いつもの柔らかい温和そうな表情とは少し違い、顕季殿の顔に真剣さが帯びる。
それに私も、意を決したような思いで耳を傾けた。
「あの子か、好きですか」
「ええ、お慕いしています」
敦忠に言われた言葉。
今、そう。ここにいるのは彼女だ。例えそれが元服前にみた、あの少々―――星姫、星月の君であろうとなかろうと、私は、若葉がいい。
最初は笛の音で惹かれたのかもしれない。だが、今は違う。
ずばりいってきた顕季殿は、続ける。
それは今までずっと、妹を守ってきた兄として、家族としての願いでもあったのだろう。
「あなたは大切にすると誓えますか。先程の男よりも、誰よりも大切して、愛すると」
私の答えは、すでに決まっていた。
* * *