星月の君
「私は基俊殿より、そして貴方の兄君より、貴方を大切にすると誓ってきた。君を一番に愛すると」
「えっ……」
私は静かに立ち上がる。
それに気づいた若葉が「行成殿……?」と困惑している彼女を背に、廊下まで出る。外はすでに夜だ。別邸に滞在を許されているとはいえ、こんな時間に、まだ返事を聞いていない彼女と同じ部屋にいるべきではない。
話したあと、早々と用意されていた部屋に下がるつもりだった。
「返事は急がなくても構わない。ただ――――」
その続きはなんというか、頭からすっかり抜けてしまった。
それもそうだろう。
背中に、軽い衝撃があったからだ。
衣擦れの音と上着であろう衣が、するりと床に落ちる音もした。そして衣を掴まれている感覚。香のにおい。
思わず、固まった。
それは几帳ごしにいたはずの、若葉で。
何もまったく経験がない訳ではないのにと自分にあきれつつ、またわっとわき上がる何かを感じて、顔が赤くなるのがわかる。幸い、彼女には背を向けているので気づかれない。
心臓がうるさい。
鼓動が聞こえてしまわないだろうか。
内面はともあれ、体裁や外見はやはり、良く見られたいというのが男なのだろう。
ふと、そのまま名前を呼ばれてさらに強ばる。
「本当、なの?」
若葉は小さくそういう。
「私は忍んできた男から外まで逃げるような女。貴方も知っているでしょう。兄を困らせることもあるし、心配かけさせるし、その、あなたがいう星月の君なんていう名に相応しくないような女を――――好きだというの?あ、愛していると……」
体を振り向かせる。顔を隠すための扇は几帳の近くに落ちている。慌てて出てきたのだろう。私が振り返ったため、彼女は手をそっとはなして、そのまま宙をさ迷わせる。それを戻させず掴んだ私に驚く間を与えないかのように、私は腕のなかに閉じ込めた。
途中「ゆきなりどの!」といあかわいらしい抗議の声が聞こえたが、このくらいはいいだろう、と聞こえないふりをする。
「本心でないなら、顕季殿から許しを得た
意味がないではないか」
「で、でも」
私では―――という彼女の顔がこちらへ上がった瞬間、私は頬に口づけをおとす。小さな声を出して一歩、後ろへと下がった彼女の、なんと可愛らしいことか。
自然と笑みが溢れてしまう私は、彼女の小さいながらも発せられた答えを聞き逃さず、そのまままた腕の中へと閉じ込めた。
愛している。
そういうと恥ずかしいらしく顔をあげてくれない彼女を、いとおしく思いながらその腕の中の熱を感じた。
過去の思い出の君ではなく、今いる君を、私は愛しているのだと実感した。
* * *