星月の君
笛を吹いてくれないか、といった。どうも、こんな夜だった気がするのだ。
まあ、邸には父の友人らが来ていたため、些か賑やかではあったが……。
若葉は頷くと、持ってきた笛をとる。そして、音色が耳に届く。
――――この、音色だった。
全てのはじまり、ともいえるかも知れない。
ただ、それまでに数年がたち、その間私は恋をしたし、彼女……若葉にも様々なことがあっただろう。
それでも、私はあの時に見た、少女を見つけたのだ。
運命といったらなんだか、くさい言葉になってしまうが、そう思ってしまう。
「行成殿」
「うん?」
急に音色が止まって、閉じていた目をあける。そこには、やや不思議そうな顔をした若葉がいた。
「どうして笑っているのかな、と思って」
笑っている、か……。
口許に手を触れさせて、思う。
こんなに満たされている状態で自然と微笑むのはきっと、彼女のおかげなのだろうと。
山吹にたいしての引きずっていたものは、もうない。微かに恨む、いや、裏切られたという気持ちも、もうない。
かわりに、幸せになって欲しい、と思う。
誰よりも、一番大切にする。
それは、彼女の兄にも、そして彼女自身にも誓った言葉。
「幸せだなと思って」
「!」
手から滑り落ちた笛。その様子を見てああうぶだなと思う。
近寄って笛を拾い、そのまま彼女を背後から抱きしめる。ひやりとする夜でも、二人ならば寒くは感じない。
恥ずかしげにしながらも、まわされた手に彼女の手が触れる。
そんな些細なことでさえ、私はいとおしく思う。
「星月夜に出会った、星月の君と――――」
若葉とではなく、星月の君と呼ばれるのがまたなれないらしい。呼ぶとぴくりと肩が揺れる。それさえも逃がさないともうすこし抱き寄せる。
「こうして一緒にいるだけでも、幸せに感じるんだ」
愛している。
それは昔見た、思い出の少女へ捧げるのではない。
その言葉はいとおしくて、もっとも大切な、今目の前にいる星月の君へと捧げるのだ――――。
了
完結14/3/16