ベストマリアージュ
エレベーターはすぐに一階に着いてしまって、私は慌てて涙を拭う。


誰かに見られるかもしれない。


管理人室の前を通るときも、行きとは違って伏し目がちに会釈だけして通りすぎた。


マンションを出て、少しの間立ち尽くす。


時計に目をやると、まだ午前10時を回ったところだった。


来るときは、駅からタクシーに乗ったけれど、帰りはなんだか歩きたい気分になる。


とぼとぼと駅に向かって歩き出したとき、後ろから名前を呼ばれた気がして振り返った。


「珠美!」


それは息を切らして走ってくるさとしで、まだ寝ていたのか上下スウェットのままだ。


その姿を見て呆然と立っている私の側まで来ると、ガシッと腕を掴まれた。


「おまっ、なん……ハァハァ……来てんだよ!」


まだ息を弾ませ体をくの字に曲げながら、それでも腕を掴む力は変わらない。


足元を見れば、部屋のスリッパのままで、いかに慌てていたのかがわかる。


追いかけてくれたことがバカみたいに嬉しくて、ようやく止まった涙が再び溢れだした。


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