温め直したら、甘くなりました
初めての涙
「ありがとうございました、お気をつけてお帰り下さいね」
最後のお客さんを店の外まで見送ると、暖簾をしまって扉には“準備中”の札を掛けた。
今日の営業は、終了。
なのに、カウンターにはまだ一人の男が残っていて、私はその後ろ姿を見ながらため息をついた。
「……集、今日は一体何の用?」
「何の用って、用がなきゃ俺はここに来ちゃいけないの?」
その返答に、私はさらに深いため息を吐き出す。
……こういう時の彼は非常に面倒くさい。早くここを片付けて眠りたいのに、それは叶わなそうだ。
「そうは言ってないわ。忙しいのにここに来るなんて、何か話があるんじゃないかと思っただけよ」
彼の隣の椅子に腰掛け、黒縁眼鏡の奥を覗き込む。
すると神経質そうな瞳が私の姿を捉え、薄い唇が、こんな疑問を紡ぎ出した。
「――茜(あかね)。俺たち、結婚してる意味ある?」
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