バイバイ南
「おい」
ずれた眼鏡を押しあげて、ベッドに呼びかける。
広々とした二人部屋。南のはす向かいのベッドには一昨日まで穏やかな顔をした老婆が寝ていたが、もういない。すっきりと片付いている。
少しだけあけた窓からすぅっと風が流れてきて、病室にたちこめるアルコール臭を弱々しく蹴散らす。
「おい、なんか言うことあるだろ」
南は布団を被って咳きこんだ。本当の咳かと、すこうしだけひやりとする。吐きだそうとしたものが気管に入ってむせたのかと。
しかし、澄んだ咳の音が続く。
嘘の咳だな。
本物はもっと濁っている。
雑巾をバケツに捨てて、布団をがばりと剥ぎ取った。
「変態! 死ね」
枕が凶器となって僕の顔面を襲う。痛みに息ができなくなり、ぐぉっと変な声が漏れた。
「来るなって言ったでしょう」