月下の誓約
序章
中天にかかる満月が森の中に佇む小さな庵を、明るく照らしていた。
庵の前に拓けたほんの少しの平地には、月の光が降り注ぎ、木々の影をくっきりと浮かび上がらせている。
窓から漏れる柔らかな明かりが、この庵が無人ではない事を物語っていた。
人里離れた森の中の庵を、訪なう者は今や誰もいない。
庵の主は二十年ほど前から、世捨て人のようにここで暮らしていた。
大海に浮かぶ小さな島国、秋津国。その中心に位置する杉森領に、この庵はある。
今は平和なこの国も、かつては国土を五つに分かち、長きに渡って絶えず戦を繰り返していた。
分かたれた国土をわずか十五年で統一し、戦を終結に導いた、偉大なる初代秋津国国王がこの庵の主だ。
偉業を成し遂げた後、国家が安定してくると、彼の政治への興味は薄らいでいった。
二十七歳の時から時が止まったかのように、全く年を取らない容姿も人々の語り草となり、世間から身を隠すように森の中に移り住んだのだ。
年を取らないのは、あの時に心がとらわれているからだと、彼は思っていた。そして同時に、果たしきれなかった誓約に対する、罰のような気もしていた。
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