月下の誓約
佐矢子の父は彼女がまだ幼い頃、戦で命を落とした。
彼が最後の戦に赴いたその日は、ちょうど佐矢子の誕生日で、戦が終わったら誕生日のお祝いをしようと笑って出かけたのだ。
結局、佐矢子が父に誕生日を祝ってもらう事はなかった。
当時は他国から杉森は容易く落とせると思われていたので、今より頻繁に攻められていた。
軍人たちは休む間もなく戦にかり出されていく。
「戦が終わったら家族でおいしいものを食べに行こう。戦が終わったらゆっくり話をしようって、いつも言うだけで、父が約束を果たした事は一度もありませんでした。最後まで」
佐矢子は約束を果たして欲しかったわけではない。
約束を果たすために帰ってきて欲しかったのだ。
今は軍師となって前線から遠ざかっているとはいえ、そういう嘘つきになってしまう可能性は和成にもある。
かける言葉を失って黙り込む和成に、佐矢子は取り繕うように言う。
「でも、和成様が嫌いなわけじゃありませんから」