月下の誓約


 和成がふと視線を上げると、佐矢子が目に涙を浮かべていた。
 目が合った佐矢子は、あわてて指先で涙を拭う。


「もう! 今日は一日、あなたの前では笑っていようと思ってたのに。家に帰ってあなたと過ごした思い出を肴にヤケ酒飲んで、泣くのはそれからって決めてたのに。あなたが何もわかってくれないから!」


 そう言って佐矢子は、両の拳で和成の胸を叩いた。
 そのまま和成の胸に縋って嗚咽をもらす。


「抱きしめて下さい。少しくらい慰めてくれてもいいでしょう? あなたのせいなんですから」


 言われた通りに、和成は黙って佐矢子の背中にゆっくりと腕をまわした。

 ぬくもりや鼓動が伝わるほど、こんなに近くにいるのに、不思議なほどちっとも和成の心は動かない。
 それがまた心苦しかった。

 少し俯くと目の前には、紗也と同じ艶やかな長い黒髪。
 その芳香が鼻腔をくすぐる。

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