月下の誓約
「あ、じゃあ私は仕事に戻ります」
慎平がそそくさとその場を離れようとするのを、和成は着物の背中を掴んで引き止めた。
「変な気を回すな」
それを見て佐矢子が笑う。
「すみません。経理の先輩が変な噂を流したみたいで」
和成が詫びると、佐矢子は微笑んで見おろした。
「いいえ。元々、私が和成様に意地悪をしたからですもの。その罰のようなものでしょう? 和成様の恋人だなんて噂だけでも光栄です。それにあなたにとっても好都合なんじゃありませんか?」
「え? 何がですか?」
「だって、相手が誰だろうと断るつもりなんでしょ? だったら私が恋人だという事にしておけば、誰も言い寄って来ないと思いますけど」
「私はそれでかまいませんが、そうすると佐矢子殿に本当の恋人ができなくなりますよ」