月下の誓約


 慎平が不思議そうに問い返した。


「後ろにあるものって何ですか?」

「相手は人間なんだ。おまえと同じように、後ろに人生だの家族だの、友人、知人、将来の夢、いろんなものを背負ってんだよ。それに目を向けたら、ためらいが生まれて隙ができる。戦場では隙を見せた方が死ぬんだ。だから見るな」


 慎平は深刻な表情で腕を組む。


「難しいですね。では、相手を人間だと思わなければいいんですか?」

「違う。相手が人間であることは認めなければならない。戦場で敵を斬ることに迷いがあってはならないけど、人が人の命を絶つのは罪なんだって事を忘れちゃいけない。これを忘れたら、おまえは人ではなくなるよ」


 和成は少し悲しそうな笑みを浮かべた。
 和成の表情を怪訝に思いながらも慎平はあえて聞かないことにする。

”俺はもう人間じゃない”とか言われたら怖いからだ。

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