月下の誓約
第一話 赤い帳
1.少女君主と少年護衛官
もうすぐ昼休みの鐘が鳴ろうかという頃、杉森城の中枢、君主執務室へと続く長い廊下に、荒々しい足音が響いた。
整った面に思い切り不機嫌さを露わにして、少年が足早に廊下を進む。
足音の主はこの少年だった。
見た目は十七八の少年にしか見えないが、彼は今年で二十七歳になる。
そしてこの春十八歳になったばかりの少女君主、杉森紗也(すぎもりさや)の護衛官だ。
先代の急逝により、わずか十三歳で即位した幼い君主は、未だに君主としての自覚に乏しい。
毎日何かしらやらかしては、彼に怒鳴られていた。
彼、三津多和成(みつたかずなり)が君主執務室に怒鳴り込むのは、最早恒例行事のようなもので、君主側仕えの女官たちもうろたえたりはしない。
廊下に足音が鳴り響き、和成が姿を現すと、心得た様子で脇に避け道を譲るのだった。
今日の和成はいつにも増して不機嫌だった。
紗也がいつもやらかすイタズラや粗相とは桁違いの暴挙に出たからだ。