月下の誓約
番外編
九十分の一の奇跡
そろそろ来るはずだ。
紗也は机の上に両手で頬杖をつくと、わくわくしながら執務室の戸をじっと見つめた。
傍らでそろばんを弾いていた塔矢が、顔を上げて紗也に声をかける。
「お疲れですか? お茶にしましょうか」
「うん」
入口を見つめたまま生返事をする紗也が何を待っているのか、塔矢には見当が付いていた。
その様子を見つめて、塔矢はひとつ嘆息する。
そして女官に茶を頼むため、机の上に置かれた内線電話の受話器を持ち上げた。
(来た!)
紗也が入口を見つめてピクリと反応する。
遠くから荒々しい足音がこちらに向かってどんどん近付いてきた。
これから起こる事はわかっている。
塔矢はかけようとしていた電話の受話器を戻し、椅子の背にもたれて軽く目を閉じ腕を組んだ。
足音が執務室の前で止まると次の瞬間、部屋の戸が怒鳴り声と共に勢いよく開け放たれた。
「紗也様――――っ!」