【続】隣の家の四兄弟
「…っ」
静かなリビングにチハルの声が微かに響いた。
それを合図に私はびくりと体を硬直させた。
な、泣いてる……わけじゃない…よね?
怒りで震えて、声まで漏らしちゃったとか…?
そっちのがアタリの可能性高いよね。うん、そうだよね。
どどどどうしよう!
冷や汗かいて言葉を探す私を、チハルは顔をあげて見た。
そして、次の瞬間――。
「ぷっ…ふ、あははは!」
「⁈」
高らかに笑い初めて私は目が点になる。
そんな私にお構い無しで、チハルは泣くほど笑うと、目に溜まった涙を親指で拭って言う。
「ぼくを『犬みたい』なんて言う女の子に会ったのは初めてだよ。すごい新鮮」
「あ、あの…」
「ああ!怒ってないよ。ミカ、ぼくが怒ってるのかと思ったんでしょ?わかりやすいな」
『わかりやすい』……。
初対面の人に言われるのだから、本当にそうなんだろう。ちょっと、そういうところ、自分では直したいとこなんだよなぁ。
「イツキや夏実サンの子なのに、ぼくのこと知らないんだ」
「はぁ…すみません…」
「 L'odio?(いや?)そういうの大歓迎!」
満面の笑みで私を見て言うチハル。
どうやら本当に怒ってはいないみたい。
「さて。じゃあ、片付け終わらせてくるかなー」
チハルはそういいながら、またあの空き部屋へと向かって行った。
いきなりイケメンがうちに来て、生活を共にするという。
しかも、その人は綾瀬家とも繋がりがあるらしい。
「……どんな展開なの、コレ」
チハルが消えて行った部屋の扉を見つめて思わずため息が出た。
そんな油断していた時に、意表を突くかのように、ガチャっとドアが開く。
そして、そのドアからひょこっと顔を出したチハルが、私を見て言った。
「ミカ。一緒にあとでコウやセイジのとこ行こう」
断る理由もなくて、私は遠慮がちに頷いた。
するとチハルは「Non vedo l'ora!」と言って、うきうきとまた部屋に戻って行ってしまった。
「ノン…ヴェドろー……ら? って、なに…?」
私がまたぽつりと漏らす。
そんな小さな声に、再びドアが開く。
「“楽しみだ”」
優しく教えてくれたチハルの微笑みに、不覚にも目を奪われた。