【続】隣の家の四兄弟
「チハル、なに食べたい?」
「んー。あぁ。ポテサラ!」
「ポテサラ?」
「Si! コウのMammaの。よく食べてて思い出した」
普通なら、なんの他愛もない会話。
けど、綾瀬家の事情を少し知る私は、そのチハルの言葉にどうしていいかわからない。
チラッと浩一さんの方を目だけで窺う。
すると、浩一さんは淋しそうな笑顔を浮かべて、チハルに言った。
「チハル…うちの両親は、いないんだ」
「いない? どこか旅行でも行ってるの?」
「旅行――…の、まま、帰らない」
「?」
浩一さんの表情を見ることが出来ない。
いくら最近のことではないとはいえ、つらい過去を口にするのは心が痛むと思う。
そういう痛みは、完全に風化することなんかないと思うから。
「――まさか」
私の雰囲気も感じ取って、チハルはガバッと体を起こして言った。
あれだけ無邪気なチハルも、さすがに顔色を変えた。
「二人一緒だったから、父さんたちはさみしくはないんじゃないかな。おれも兄弟が居てくれるし」
「コウ…それは大変だったな…ぼくももう会えないのが残念」
チハルはいつでも軽く、陽気なわけじゃないんだ。
こういう真面目な一面もみると、なんでか目を奪われる。
それは容姿がきれいということもあるけど、それだけじゃなくて。やっぱり何か惹きつけるものを持ってるんだ。
そういう人だから、人前に立つような仕事をしているんだと、改めて思った。
「ああ。でも、作るよ。ポテサラ」
「えっ。コウが?Su serio?(マジ?)」
「おれ、今や結構料理出来るんだけど。あ、でも美佳ちゃんに手伝って貰うけどね」
浩一さんが私の方に笑顔を向ける。
「えっ…あ、はい!」
なんか、当たり前のように手伝う側に立つよう言われるのは不思議。
私も綾瀬家の一員みたいな。なんか照れる。でも、嬉しい。
「じゃあ、準備しようか」
「はい」
私と浩一さんがキッチンに入ったのを、チハルは目を丸くしてこっちをみてた。
「…ミカ、随分慣れてるんだ?」
あ…。そうか。そう見えるんだ。
当たり前のように、こうやって浩一さんとキッチンに入ったらそうだよね。
私はチハルになんて言っていいかわからなくて、言葉に詰まっていたら、チハルの奥から人影が現れた。