製菓男子。
「理科棟ってあんまり立ち寄らないんです。今でこそ理科室や調理室が入って一・二階は人の出入りがありますけど、三階から上はほとんど立ち入り禁止みたいな感じで」


生徒数が多かったときは教室として使われていたらしいと教えてくれる。


「教室や職員室のある棟より古くからあるから、幽霊が出るってうわさも絶えなかった覚えがあります。わたし閉じ込められたことがあって、一夜を明かしたことがあるんですけど、あのときは恐くて恐くて、仕方がなかったです」


藤波さんにとって学校は楽しい場所ではなく、学ぶ場所でもなく、苦痛に満ちたところだったのだろう。
藤波さんの震えは、これから起こることばかりではないような気がする。


「――――リコちゃんはここに、ひとりでいたのでしょうか」


葉に溜まった雨だれのような、ぽつりと滴るような声で藤波さんは言った。
今にも倒れそうな藤波さんの身体を支えてあげたかったが、そこまでの親密な距離感に彼女がいない。
僕は藤波さんに踏み込めなくて、歩幅をあわせるように斜め後ろを走り歩いている。
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