製菓男子。
「この作り方、だれかに教わったの?」
「母に―――正確には、母が置いていったノートなんですけど」


藤波から両親は離婚していると聞いている。


「母はお菓子作りがすきで、わたしはよく教わっていました。レシピ本だけの書架があって、それを参考にしつつ自分のレシピを考案していったみたいです。母はそれ全てを家に置いていってしまったので、それを見ながら―――」


藤波さんは急に瞠目した。
大きな瞳がさらに一回り大きい。


「どうかした?」
「わたし、思い出したんです……」
「なにを?」
「塩谷さんに、初めて、会ったときのこと」


藤波さんはそう呟いて、俯いた。


「僕が聞いて、いいこと?」


胸の奥がざわついている。
不快感によく似ている衝動。
僕を見上げる藤波さんの瞳が潤み、細かく左右に揺れている。


この先のことは藤波さんとミツキ、ふたりの問題であることがわかっているのに、聞き出そうとする自分が卑しい獣のようで、自分が自分できらいになる。




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