製菓男子。
しばらく静観していると、思い出したように藤波さんは「つまらないものですが」とポルボロンを手渡した。
ポルボロンは油脂に包まれて、麻紐でお洒落に結われている。
修道院風の包み方なのだそうだ。
開けたツバサは頬を上気させて感嘆していた。


「これはゼンくんが焼いたヤツじゃないよね? 横の側面がなんか違う」


冷蔵庫でぎゅっと冷やし固めていないので、どことなく気泡のような細かな空洞がところどころにある。


「藤波さんが作ったやつだから」
「おねえさんも、お菓子作るんだ!」


食べていいかと訊くので、藤波さんが頷いて返事をした。


「ゼンくんのは大河、って感じだけど。おねえさんのは小川って感じがする」


ツバサは直感的な表現なので、僕にはよくわからない。


「おねえさんのほうが、妖精がいるっぽい味」


だからよくわからないって。


「わたし僭越ながら、ツバサくんたちが幸せになりますようにって思いながら、作りました―――というのはあとづけで、実はお願いに来ました」


ツバサはきょとんとしながらも、「なんでしょう?」と再び姿勢を正した。
僕も「お願い」なんて初耳なので、藤波さんの横顔をじっと見る。
真剣みを帯びた藤波さん頬はきりりと引きしまっていて、この表情を保つのは疲れそうだと思った。
僕は藤波さんを近くにあったスツールに座るようにすすめたが、藤波さんは辞退した。


「あの、その、ずっと後悔、していたことが、あって―――」


センテンスを区切り、ひとつひとつ言葉を選んでいるような藤波さんの話し方。
彼女は俯いて、胸の位置で祈るようにぎゅっと手を握っている。


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