製菓男子。
これがヒロくんの手を握ったことで見えた映像だ。


「おかあさんをそっと起こして、渡しちゃえばいいと思う。そのとき必ず『ごめんなさい』って謝ってね。謝ったらぎゅっと抱きしめてくれると思うよ」


(だって泣くほど、ヒロくんのこと心配してる)


半信半疑なのか、それとも、わたしが恐いのか―――触れている手が冷たい。


「本当に?」
「うん、絶対だよ」


言い聞かせるように、言葉を繰り返す。


(大丈夫、大丈夫だから)


宮崎さんからもらった炎がヒロくんに届きますように。


「うん、頑張ってみる」


ヒロくんの暗闇にろうそくの火が灯った。
ぱっと表情を明るくさせたヒロくんに、胸のつかえが取れた思いがする。


「車に気をつけるんだぞ」


塩谷さんがヒロくんの頭をぽふっとやわらかく叩いた。
ヒロくんは塩谷さんの手をのせたまま見上げて笑っている。


「うん!」


ヒロくんの笑顔はまるで焼きたてのスポンジみたいで、一番甘くて、ほかほかしていて、見ているだけで幸せな気持ちになる。
それを引き出したのは塩谷さんだ。
塩谷さんも同じ笑顔をしている。


「今日は本っ当に、ありがとうございました!」


ヒロくんはジャムクッキーを胸に抱いて、茜空の下を走っていった。
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