製菓男子。
「ケーキはレアチーズにしようと思ってる」
「じゃああれか、夏休みは毎日レアチーズか」
「そうなるかも。あとベーグルもいいかなって」


(いいなぁ。わたしもパン、習ってみたいなぁ)


数日前からわたしは厨房も手伝うようになっていて、宮崎さんと塩谷さんの指導のもと簡単なお菓子を作るようになっていた。
それによってなのかわたしには非常に珍しく、向上心という名の欲張りが出てきたみたいだった。


(いろいろ作れるようになったら素敵だなぁ)


それが顔に出ていたのか、「藤波さんもやる?」と宮崎さんが訊く。


「親子は絶対に無理ですから」
「ゼンは親子でやれって言っているわけじゃないと思うよ」


宮崎さんは塩谷さんの言葉にこくんと頷いている。


「従業員特権で、閉店後に」
「宮崎さんの負担にならないようなら、是非」


宮崎さんの目もとがほのかにゆるんで、桜餅みたいに微笑む。
普段表情を変えない宮崎さんが笑うと、ほっぺが落ちるほどうれしくなる。
それは塩谷さんも同じ気持ちだったようで、お互いにふやけた顔を見せあっていると、照れくさいのか宮崎さんがそっぽ向いた。


「はいはい、おれはお邪魔だったね」


荒川さんは「またな」と手を振って店をあとにした。



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