製菓男子。
三年振りに出した母校の制服。
ビニールを剥ぎ取って畳んでいると玄関から物音がした。


「チヅルー、今帰った!」


兄の声だ。


(夕飯作るの忘れてた!)


ゆっくり過去のトラウマと格闘している場合ではなかった。
以前は濁流で、いつも溺れるほどの覚悟と体力がなければ渡れなかった廊下だけれど、ニートからフリーターに進化した今は、まるで小川のようだ。
ひょいと飛び越えてリビングへ向かうことができる。


兄はテレビの前のソファーで、全体重を沈めるように寝そべっていた。
ネクタイをゆるめた襟もとから、逞しく浮き出た鎖骨が妙に色艶を放っている。


(こんなだらしない姿でも、見たい人たくさんいるんだろうなぁ)


やはり兄は父の血を継いでいるらしく、外面だけは好青年で通っている。
わたしにとっては性格魔王なのだが。
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