あの猫を幸せに出来る人になりたい

おまけ4

『花さん、助けて』というメールを受け取った花。

 本文を読めば、倉内の家に夏休みにカナダから遊びに来ている従妹が、縁日に浴衣で行きたいと主張。着付けは倉内の母が出来るが、母自身は夜に他の用があるらしく、縁日に同行出来ない。正直、従妹の浴衣が着崩れたら、倉内ではどうしようもないので女性の助けが欲しい、と。

 倉内の父は来るので、責任もって送迎しますと書かれていた。

「おかーさーん」

 花は、台所にいた母に携帯のメールをそのまま見せる。

「あらあら大変そうね……7時のお迎えなら、犬猫の世話も終わってるから行ってもいいんじゃない? 私の浴衣なら、もう花は着られそうね、出してあげるわ」

 メールを見た花の母は、何故か彼女の分の浴衣をいそいそと用意し始める。そんな母を真横に置いて、花は事務的な「了解しました、7時に家で待っています」のメールを倉内に返信したのだった。



「……!」

「ワーオ! サイトー! カワイイ! サイトーステキー!」

 迎えのチャイムが鳴ったので、花が玄関を開けて出ると、倉内が驚いたように固まった。そんな少年を後ろから押しのけて、彼の従妹のエリーズが飛び出してくる。彼女の浴衣は、白地に赤い大柄の花。一方花は、紺地に白い蝶の柄だ。

 エリーズは派手な顔立ちなので、鮮やかな浴衣がよく似合っていた。そんな彼女に抱きつかれながら、花は倉内もその父も浴衣姿であるのに驚いていた。男の人の浴衣というのは、見る機会が少ないせいもあるが、顔立ちが日本人離れしているため、なかなか迫力があった(倉内父に至っては、完全なアングロサクソンだから尚更)。彼の母は、全員の着付けを頑張ったようだ。

「エンニチー、エンニチー」とはしゃぐエリーズに引っ張られて車に連れ込まれたため、この時花は、倉内とはほとんど話が出来なかった。



 神社に到着すると、エリーズのテンションは更にアップ。右の屋台、左の屋台と行ったり来たりするので、花は見失わないようにするのが大変だった。

 彼女を追いかける時によろけて、倉内に助けてもらう。こういう人ごみで、さらっと助けてもらえるのは本当にありがたい。そう思っていたらエリーズを見失いそうになった。倉内父に、無事確保されていたが。

「カエデ、シャシン! シャシン撮ッテ!」

「……!」

 境内までたどりつきお参りをすませると、少し余裕のある境内の脇で一休み。そんな時に、エリーズが浴衣の写真を残したいのか、倉内に熱烈な写真アピールだ。それに、はっと我に返ったように倉内が、父親の荷物からデジカメを取り出す。

「サイトーモ!」

 エリーズの写真の邪魔になるからと離れようとした花は、その手にぐいっと引き戻される。そのまま、撮影会になってしまった。

 倉内の父がデジカメを持ってくれ、三人でも写真を撮る。真ん中に倉内。両手に花の状態で女が立つ。

 最初はおすまし。その後、エリーズが倉内と腕を組む。

「サイトーモ! カエデ、オーオク!」

 本当に意味が分かっているのかどうか分からない怪しい単語を並べながら、花にも同じことを要求される。

 えーっと。

 そんなことをこれまでしたことのなかった花は、ちょっと困りながらそっと倉内を見上げると、彼は少し目をそらしながらも、肘だけをくいっと彼女の方へと近づけてきた。

「お邪魔します」

 それにそっと手をかけるだけで、花は精一杯。ぎゅうと抱きついているエリーズとは、いろいろ違うのだからこれで許して欲しいと思っていた。

「はい、笑ってー!」

 倉内の父が、楽しそうな声で笑顔の指示。

 うまく笑えたかどうか、花には自信がなかった。


 幸い、エリーズの浴衣が着崩れて大問題になるようなこともなく、無事縁日は終了。

「今日は、た……助かったよ。花さん、ありがとう」

 玄関まで見送られて、「いえいえ、何のお役にも立ちませんでした」と花は彼の感謝をうまく受け取れずに笑う。

「サイトー、アリガトネー!」

 エリーズからは、ほっぺにチューをもらった。男女合わせて、初めての出来事だったので、ちょっと花は恥ずかしかった。

「カエデモスル?」と、振り返りザマに倉内をからかったので、エリーズは赤くなった彼にコツンとやられていた。

 騒がしくも楽しい、突然の縁日が、こうして終わったのだ。



 あくびをしながら、花が寝る前に倉内のブログをチェックすると。

『家に一人で留守番のフルールは、すねてクローゼットの上で寝ていた。ごめんって10回言ったら、ようやく下りてきて抱かせてくれた。フルールを抱きながら、僕は罪悪感を覚えていた。ごめんね、僕の可愛いフルール。フルール抜きで、今日の僕は縁日を楽しんでしまった……ああ、どうしよう』


 相変わらずの、フルール病が継続行中のようだった。




『終』

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