あなたが教えてくれた世界
そんな二人のやりとりを、少し離れた木の根元から、アルディスはぼんやりと眺めていた。
先ほどまで隣にいたオリビアは、ハリスと名乗っていた騎士に呼ばれてどこかに行っていったので、彼女は今、一人だ。
もちろん騎士たちが皇女を野放しにしているわけではなく、ブレンダもカルロも、常に意識はこちらに向けているのはちゃんと聞こえていたのだが、その距離感が彼女には心地よい。
思えば、こうして一人になることすら、彼女には久しぶりだった。
皇城では、アルディスがどこにいようとも、見守るのか見張るのかわからない侍女や騎士がくっついていた。
彼女にまとわりつく『いつ暴走するかわからない人形のような皇女様』という畏怖の込められた視線が、心の声が気持ち悪かった。
例外的に一緒にいても心地よかったのは彼女の義姉であるオリビアだけで、それでも多忙な彼女がアルディスのそばにいられる時間は少なかった。
ふぅ、とアルディスは小さく息を吐き出す。
彼女が自分で思っていた以上に、旅に出ることは良い環境であったのかもしれない。
そこに、乗っていた馬に水を飲ませに行っていたイグナスが戻ってきた。
黒い髪に気だるそうな態度、先ほどの自己紹介の、面倒くさそうな喋り方。
間違いなく、火事の時にアルディスを助けてくれたあの騎士だろう。
とすると、さっき紫髪の女騎士に吹っ飛ばされてた茶髪の男も、あのときのやたら熱心に自己紹介していた騎士だろう。
彼らは、アルディスがあのときのだと気付いているのか……。
少なくとも、先ほどの自己紹介の時に、彼女は彼らの“心”を聞いているはずだった。
しかし、聞こえてくる周りの“心”を、彼女は聞こえない、覚えないようにしているので意味はない。