あなたが教えてくれた世界
今日でアンが日雇い使用人になってから1 0日だが、これまで彼女と言葉を交わせた 事は一度も無い。
最初はいちいち反応を気にしていたアンだ ったが、最近は周りの先輩の言葉もきき、 あまり期待はしていない。
ただ、今日はそうはいかない事情があった 。
アンは食器類を運び台に載せ終えると、も う一度アルディスに向き直った。
「……お嬢様、今夜は宮廷晩餐会が行われ る日なのですが……」
「…………」
やはり、アルディスは何も答えない。
宮廷晩餐会とは、王家が主催して従う貴
族 が参加する、毎月行われる晩餐会だ。
各家の子女や息子の交流の他、王家がこれ からの方針を貴族たちに宣伝する、政治的 な意味合いももっている。
普段はアルディスの参加は自由なのだが、 今回は勝手が違った。
「あの……今夜の晩餐会には、皇王さま自 身がお嬢様に御参加いただきたいそうで… …」
「…………」
それでもやはり、アルディスは何も答えな い。
「…………」
アンも、何を言えば良いのか解らず口を閉 ざした。
こう言う、きちんとした用件には反応して くれるのかと思っていたのだが……。
アルディスは、まるで全く何も聞こえてい ないかの様な振る舞いだ。
……もしかしたら、本当に聞こえていない のだろうか?
不意に、アンはそう疑問に思った。
お嬢様は実はお耳が不自由だ……いや、そ んな話は聞いたことがない。それに、何度 か目があっているから反応くらいよこすは ずだ。
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