あなたが教えてくれた世界
……もしかしたら、一瞬だけしっかりと見えたその瞳が、泣き出しそうな色を宿していたからかもしれない。
さっき少女が消えていったところを曲がると、先ほどよりも近い位置にその後ろ姿が見えた。
いくら距離が開いていたと言えど、騎士と令嬢。その差は歴然である。
イグナスがそのままの調子で足を進めると、みるみるうちに距離が縮まっていく。
近付いてくる足音からか、気配を感じ取り、彼女が焦った視線をこちらに寄越した。
一瞬確かに視線が合うと、すぐに反らして前を向き、もう視線を向ける気配はない。──は?
敵でもないのに、むしろ護衛するための確実な味方である筈の自分に何故そんな反応を示すのか理解出来ない。
「おい」
苛立ちが表れた普段より一層低い声でそう呟くと、目の前の細い肩があからさまにびくりと震える。
さらに、もう体力が尽きているだろうにまだ足を出して走り出そうと……逃げようとするので、咄嗟に腕を掴んでこちらに引き寄せた。
予想外に近くなった距離に内心で驚いていると、それは向こうも同じだったようで、一瞬驚いたように目を見開く。
そのあと掴まれた腕を見て、明らかな怯えの色が浮かぶ。
「あっと……悪い」
イグナスは無意識に力をいれすぎたかもと罰の悪い思いで手を離した。
「…………」
「…………」
降りかかる沈黙。
目の前の少女はもう逃げ出そうとはしなかったが、頑なに下を向いて目を合わせようとしない。