あなたが教えてくれた世界
「……アルディス」
「あ?」
下を向いたままぽつりと呟くと、意味がわからないらしい相手の騎士は聞き返してきた。
今度は、それまで下を向いていた顔を上げ、漆黒の双眸をしっかりと見据えて言う。
「私、アルディス。アルディス・ラ・シュミット。さっき自己紹介した。『お前』じゃない」
ぱっと思い付いた事だったけれど、胸を張って主張出来るのはこれしかない、と思った。
桜色の睨むかのごとくしっかりとした視線に射抜かれたイグナスは、少し意外そうに眉を潜めた。
それからすぐに表情を緩める。
「そうだな、悪かったな。……行くぞ、アルディス」
そう言いながら、こちらに手を差し出す。
その笑った顔が整っている事に不意に気がついて、なんとなく視線をそらしながらアルディスは手をとった。
目付きの悪さや無愛想さが先に行ってしまいそんなに意識しなかったが、なかなか端正な顔をしている……と思ってしまったり。
彼女に歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれる、イグナスの後ろ姿をそっと窺う。
色々と気に入らない所はあるけれど、最後に言いたいことを言って言われっぱなしにはならなかったのでよしとしよう。
どうせこの漆黒の瞳の前じゃ、自分を膜の奥に隠して逃げる事ができないのだから、せめて反抗はしたい。
何故か、重なったこの手を嫌だと感じていない自分がいた。