あなたが教えてくれた世界
「もうすぐ侯爵邸に着くよ」
そう言う、ハリスの声が御者席から届いたのは、太陽も朱く染まり始めようかという時だった。
「わかったわ」
オリビアはそう答えながら、目的地の主人であるベリリーヴ侯爵の事を思い浮かべる。
ベリリーヴ家は、古くから王家に仕えてきた旧家の一つで、その信頼も厚い。
特に、現当主であるゼネラル・ベリリーヴは、皇王様と個人的にも仲が良かったと有名である。
最近は体調を崩したとかで社交界にはあまり姿を見せないようになっていたのだが……。
確か、こちらの事情も全て知った上で、協力してくれると言う話だ。体調を押してまでなんて、感謝の一言に尽きる。
あと、子供は二人。長女は南方の公爵家に嫁に出ていて、その弟が次期当主だっただろうか?
一通りの情報を頭の中で反芻する。信頼に足りる場所だ。
万が一不測の事態が起こったとしても、騎士達もついているし自分もいる。
いくら侍女とは言え、第二皇女付きの侍女頭。自分と主を守るための最低限の護身術は身に付いている。
(……よし)
大丈夫、大丈夫と自分を鼓舞したところで、ちょうど馬車は屋敷の門構えの前に到着した。
すでにこちらが見えていたらしく、何人かの侍女と執事らしき人影も見える。
御者席を降りようとするハリスを手で制し、オリビアは馬車の扉を開けて降り立った。
ここは、自分の出番だ。