あなたが教えてくれた世界
「ベリリーヴ侯爵の体調が優れないということで……屋敷の中には、私たちは着いて行けなくなったわ」
そう言うと、アルディスの瞳が一瞬見開かれる。
「……私、一人?」
やがて、ゆっくりと頼りなさげに口を開いた義妹に、オリビアは重々しく頷いた。
「……そう、ここからは、あなた一人。……『リリアスとして』、行かなければならないわ」
そう。いくら公式の夜会ではないとはいえ、相手は名門の貴族。ここに泊めてもらうのは『イルシオン皇国第二皇女』であるから、彼女に求められる振る舞いは皇女としてのそれである。
……それは、つまり、アルディスの中の『リリアス』になれと、そう言っているもので。
アルディスもすぐにそれを察したらしく、形の良いアーモンド型の桜色の瞳をしっかりと据え、口を開いた。
「……着替えを、手伝って」
「わかった」
オリビアは頷き、馬車の座席の後部、荷物のあるスペースから衣装箱を取る。
アルディスがリリアスになるとき、その時は決まってオリビアが皇女の装いに着替えさせている時だ。
外見とともに、内側から皇女になるんだと、以前リリアスが言っていた。
オリビアは衣装箱を開けて、着させるドレスを選ぶ。と言っても、旅の途中、そんなに何着もあるわけでは無いが……これが良いか。
オリビアが選んだのは、淡い若草色のわりと装飾が少ないドレスだ。
晩餐会ではないし、盛装用の豪華なドレスにしなくとも良いだろう。この状況だと、脱ぎ着のしやすさが問題なわけで。