あなたが教えてくれた世界
ゆっくりと降りてくる、『ガラス細工人形』と評される美姫に、一瞬、誰もが息を呑む。
「これはこれは……リリアス様、此度はようこそおいでくださいました」
一瞬の空白の後、執事が恭しく、深く頭を下げた。
リリアスは優雅な動作でその礼を受け、なめらかな声で言葉を紡ぐ。
「わざわざお出迎えありがとうございます。本日はよろしくお願いいたしますわ」
そう言って見せる可憐な笑みには、余裕すら感じられる。
オリビアは彼女から視線を外し、馬車の後部にまわって必要なものを取り出した。
先ほどの衣装箱も持ってきて、今日リリアスの世話をすると言う二人の侍女に渡す。
「リリアス様をよろしくお願いいたします」
その一瞬のうちに、表情を動かさず相手に聞こえるくらいの小さな声で言うと、同じく相手も表情を崩さず言葉を返してくる。
「お任せください」
やがて、全員の準備が揃ったらしく、執事がこちらに一礼をしてから、門のなかにリリアスを先導する仕草をした。
リリアスは一瞬こちらを振り向き、視線が交錯する。
──気をつけて。
そんな思いを込めて、遠いその瞳を見つめる。
不自然な侯爵家側の対応と、オリビアが感じるもやもやとした予感。
(……何も起きないと良いけれど……)
これから迫る夜に一抹の不安を抱きながら、彼女は遠ざかる小さな背中をずっと見つめていた。