あなたが教えてくれた世界
どこか怯えたように両手を握りしめつつ、こちらをまっすぐ見据える様子に、心が動かされた。
闇の中に浮かぶ、桜色の凛とした瞳に、一瞬思考が絡め取られたことを覚えている。
ずっと生気のない表情をしていたのに、あんな目をもっていたのかと興味をもった。
イグナスは、カルロに向けて言葉を返すことはせず、そのまま足を進めた。
──訂正しよう。
護衛対象の立ち位置とか階級とか、そんなものに関心はない。
……あるのは、『アルディス・ラ・シュミット』と言う少女そのものへの、ちょっとした興味だけだ。
* * *
時は戻り、午前──
主のいなくなった部屋の前で、アンは小さく溜め息をついていた。
質の良い調度品で整えられた皇女の自室──そこは、こんなにもがらんどうな印象を与えるものだっただろうか?
(アルディス様がいらっしゃらないからだわ、きっと)
侍女服の袖をまくりあげ、片付けにとりかかりながら、アンは思った。
部屋が、彼女の不在を寂しがっている──無性に、そんなことを感じた。
(……いや、寂しがっているのは私かしら?)
ふと思う。侍女頭のオリビア・カスターニもいなくなっていたので、彼女の仕事場は随分と静かになっていた。