あなたが教えてくれた世界
(と言っても、それも今日までか)
彼女はせわしなく手を動かしながら、アンは今後のことを思う。
アルディスという主がいなくなった以上、彼女付きだった侍女はお役御免となってしまう。
アンは明日からは、現在離宮にいる王妃に務めることになっていた。
というのも、王妃は近々皇宮に戻ってくるらしく、そちらの準備のために使われるらしい。
(姫様は、今頃どうなさっているのかしら……)
窓から外を見上げ、もう遠くにいるのだろう彼女の主のことを想う。
公にはされていない情報だが、彼女の最初の宿泊先はベリリーヴ侯爵邸らしい。オリビアが話しているのを偶然聞いてしまっていた。
(……さ、そろそろ片付いたかしら?)
アンは思考を中断して、部屋全体を眺める。
もともと片付いている部屋だったし、やることは少なかった。
アンは満足気な表情で、持ってきていた道具をまとめて外に出る。
彼女達の詰所に戻る途中で、身なりの良い、おそらくは貴族の集団とすれ違う。先頭にいるのは確かシドニゥス公爵だっただろうか。
(シドニゥス公爵……皇王様を良く思ってないお方……)
貴族に関してはあまり詳しくない彼女でもそれくらいは知っていた。
無意識のうちに、身体が強張る。
──が、聞こえてきた言葉に心臓が止まるかと思った。
「ベリリーヴ侯爵が──」
おそらく、誰にも話を聞かれていないと思っているのだろう彼らは、そばに皇女付きの侍女がいるなどとは考えもせず、会話を続けていく。