あなたが教えてくれた世界


(……何?)


アンは耳を疑う。ベリリーヴ侯爵が、まさか……。


何度も何度も、先ほど聞こえてきた言葉を反芻し、真っ青になる。


(姫様が、危険……!?)


そう思ったとたん、彼女の身体は動き出していた。


その場に取り落とした荷物のことなど忘れ、彼女は一心不乱に駆ける。


そのまま皇宮を出て、騎士達の馬舎に到着すると、何事かと狼狽える騎士を尻目に、一頭の馬に飛び乗った。


「ちょっと……!!」


「姫様の緊急事態なんです!!」


慌てた様子の彼にそう言い捨てると、そのまま馬の腹を蹴って駆け出す。


地元にいた頃はずっと馬に乗っていたので、そこらへんの男よりは乗馬の心得があるつもりだった。




──向かうは、アルディス様がいるのであろう、ベリリーヴ侯爵邸。





     *   *   *





コンコンという、控えめに扉を叩く音がリリアスの部屋に響いたのは、彼女が、部屋の窓から空をぼんやりと眺めていた時だった。


『……リリアス様、お食事の時間でございます』


扉を隔てて少しくぐもった、侍女の声が届く。


「わかりました」


リリアスも返事をすると、座っていた椅子から静かに立ち上がる。


ドアノブに手をかける直前、ふう、と小さく息を吐き出して、緩んでいた気を引き締めた。


──もしかしたら、夕飯には侯爵か家の誰かが現れるかもしれない。


決して粗相のないように、そして、向こうがどのようなかんがえでいるのかを見極められるように。


一呼吸おいて、アルディスはドアノブを静かに押し開けた。


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