あなたが教えてくれた世界
ハリスの問いかけに、少女は少し迷うように視線を彷徨わせたあと、小さく頷いてそれを外した。
「……みんながね、わたしのかみは、だめだっていうから」
俯きがちに、少し寂しそうに、そう言う彼女にハリスは笑顔を向ける。
「なんで?ぼくは、すきだよ?」
その時のハリスはもちろん、美しいその髪の色が、プラニアス人──皇都では身分の低い外国籍であることを表すなんて知るよしもなく。
恐らく彼女でさえも、自身の出生のせいで周りがその色に過敏になっているということは知らなかったのだろう。
心のまま、素直な思いをハリスが言うと、さらに驚いたというような表情を彼女は向けて。
それから──蕾が綻ぶように、ゆっくりと、嬉しそうな笑いを浮かべた。
その表情に、本気で一瞬、ハリスは目を奪われたのを覚えている。
(──ああ、ぼくは、このこをまもらなきゃいけない)
心のどこかがそう囁いて、そしてハリスはその言葉を信じた。
「ぼく、ハリス・アルコン。きみは?」
少女の手をとって立ち上がるのを助けながら、ハリスは名前を言う。
「……わたしは、オリビア・カスターニよ」
鈴のなるような声で、少女はそう言った。
「よろしくね、オリビア」
──それが、ハリスが彼女の名を呼んだ、初めての瞬間だった。
* * *
夜の帳が降りきった町の隅、星さえも顔を出さない中で、そこには未だ、居心地の悪い雰囲気が漂っていた。
宿の前に立ったイグナスは、一人なのを良いことに大きく溜め息をついた。
カルロとブレンダ、三人で外まで降りてきたのはいいものの、気まずい空気は払拭されず、ブレンダは馬車を置いた方へ、カルロはどこかへふらりと姿を消し、すぐにばらばらになって待っていたのであった。
けれど、こうして一人になっても、まだむずむずするような空気の悪さは変わらず。
これは原因は、もしかしたら自分がそうしているのではないかと考えて、イグナスは息をついたのだった。