あなたが教えてくれた世界
「……どうしたんだ、さっきから黙り込んで。お前らしくもない」
ついに耐えかねてイグナスが口を開く。
「……ちょっと、考え事をね」
口調の重みは変わらないはずなのに、それは、イグナスが聞き慣れたものとは全く別のもので。
「……アルディスが、皇女だったことか」
考え事というのはそれしかないだろうと問いを投げ掛けると、カルロは表情を崩さずに「そ。」と頷いた。
そして、そのままの口調で、続けた。
「……言ってみれば俺たち、だまされてたわけだなって」
さらり。何事もないように、カルロはそんなことを言った。
「どういうことだ」
固い声で聞き返すと、カルロは口元に笑みを浮かべながら、ようやくイグナスの方を見た。
「だってそうでしょ?田舎令嬢って言われて雇われてたのに実際は皇女だなんて。難易度も報酬も桁違いだし、良いように利用されてただけだよね」
世間話でもするような調子で、カルロは言葉を紡ぐ。
「それよりさ、イグナスはどうするの?このまま任務続けるの?」
「……どういう意味だ?」
質問の意味が、咄嗟には理解出来ない。
カルロは──任務を降りる可能性も考慮しているということか。
そんなことは脳裏にもよぎってなかったという様子のイグナスに、彼はどこか歪んだ笑みを見せる。
「……考えてみてよ、イグナス」
わずかな沈黙の後、放たれたカルロの声は一段低くなったように聞こえた。
「最初からこの任務、破棄されてるも同然なんだよ?続ける責任は俺らにはない。続けて、敵前逃亡する皇女に手を貸すことが俺にとって最善だとも思えないしね」
二人の間を、乾いた風が吹き抜けた。
よく知っているはずのカルロが、何故か、全く知らない人間のように感じられた。