あなたが教えてくれた世界
「あっ……ありがとう、ございます……」
しどろもどろになりながら、消え入りそうな小声でアルディスは礼を告げた。
神官は振り返ったアルディスの顔を見て、一瞬だけ驚いた顔をした。
「……すみません。注意なしに扉を開いてしまって……。しかし、これは神の思し召しなのでしょうか。まさかここで、貴女のような尊い存在に出逢えるとは」
「……えっ……?」
尊い存在、という言葉に引っ掛かりを覚えて、アルディスは小さく聞き返す。
一見するとただの言葉の言い回しだが、何故だか、彼女の正体を見透かしてのような言葉に聞こえた気がするのだ。
ところがそんなアルディスに構わず、神官はにこやかに、肩を支えたままの手を下へと滑らせ、アルディスの左手を持ち上げる。
「……この記念に、どうか私に、貴方の幸せを祈らせてくださいませ」
空いた右手で、首からかけていた十字架を取り出して神官は微笑む。
それを額の前に掲げ、一瞬祈るように目を瞑ったあと、まだきょとんとしているアルディスの手の甲に、静かに口付けた。
「……!?」
突然のことにびっくりしたアルディスは、思わず身体を固くした。
「……はは、驚かせてしまったようですね。申し訳ありません」
そんな彼女に頬を緩めながら、神官はその手を離した。
「私の名はカーミユ・セルホーン・ディグリウス。神に身を捧げた者です。以後お見知りおきを……貴女とはまた、出会うことになるでしょうから」
「……?」
意味深な発言に、アルディスは何も言えずにただカーミユを見上げる。
そんな彼女の耳もとへ、屈んだカーミユは静かに囁く。
「それではまた。……アルディス様」
「……!」
名前を呼ばれたことに驚愕して、アルディスの目が見開かれる。
耳許から口を離したカーミユは、にこりと優雅に微笑んだ。