あなたが教えてくれた世界
パタン……
隣の部屋の扉が閉まる音が響く。
その状態のまましばらく黙り込んでいたブレンダとイグナスだったが。
「……すまない、少し用を思い出したんだが、今日は一日護衛を任せても良いか。どこかで埋め合わせはする」
唐突に、ブレンダがそう切り出し、イグナスは何かを察したように頷いた。
「……ああ、わかった。……頼む」
小さく付け足された言葉が、二人の声に出さない意味合いを物語っていて。
ぼんやりとそれを眺めながら、アルディスはその様子を少しだけ羨ましいと思ってしまったりした。
* * *
──薄汚れたパブの一角。
常時度数の高いアルコールと煙草の臭いで満ちているその空間には、今も昼間だというのに喧騒の中にあった。
「……でよう、あのばばあったらよう!」
広くも狭くもない店内のなかに、酔いから呂律の回っていない、小太りで頭の禿げ上がった中年の男性の悪態が響く。
「ほんっとに、ちまちまちまちま細かいこと言いやがって……」
「うるせえ」
彼の妻への不満はしかし、隣にいた同じく酔った隣の男性に小突かれることによって遮られてしまう。
「いってて……なんだ?」
もんどりうって床に倒れ込んだ男性は、まだ状況を把握出来ない様子で目を回している。
と、そこに。
「おっちゃん大丈夫?ちょっと飲みすぎなんじゃない?」
突如彼の前に割り込んできたのは、西方の訛りの強い言葉を喋る、栗色の瞳をした青年。
喧騒の中で見向きもされない男性の前にしゃがみこみ、手を差し伸べてくる笑顔は人懐こい。
「こっち。ほら水飲んで?気をつけてね?」
男性を入り口まで誘導した彼は、そう言い残すと再び店内へと身を翻して行った。