あなたが教えてくれた世界
パブの埃くさい臭いに顔をしかめながら、青年は人垣を掻き分けて進んでいく。
基本的に社会からあぶれた者ばかりが足を踏み入れるこんな場所に、綺麗な身なりをした青年は浮かび上がってしまっても良いはずなのに、なぜか周囲に溶け込み、その存在は気に留められることはない。
値段は安いが質が悪く、アルコールの強い酒ばかりが並ぶカウンターから、比較的一般的なビールを選んでお金を払うと、彼は奥まで進んで一つのテーブルの前で立ち止まった。
そこは乱痴気騒ぎの集団とは隔離された怪しい雰囲気を醸し出し、フードを被って静かに酒を酌み交わす男たちが彼の存在に話をぴたりと止める。
「……相席をお願い出来るか」
先程とは違う低い声──かつ、アクセントの弱い平坦な口調で、彼が口を開いた。
「……リニッシュの人間か」
北方の田舎町の名前を同じく平坦な口調で出したのは、一番中央に座る壮年の男性。
「同郷のよしみだ。座ると良い」
訛りから彼を同郷だと判断したらしい彼がそう言うと、男たちは一斉に青年のために席をあけた。どうやら彼がこの集団の中で一番偉いらしい。
「……それで?ここへ座るからには酔いに来たわけではないのだろう。用件はなんだ?」
グラスに手をかけながら、男が青年を見据える。灰色のフードの隙間から、アッシュグリーンの鋭い瞳が覗いた。
フードの下の服装が上流のものだとさりげなく確認しながら、青年はふっと息をつく。
勿体ぶるようにグラスの液体に口をつけ、それからゆっくりと口を開いた。
「……少し、取引を思いついてね。お互いにとって害のない話だ。色よい返答がもらえると確信しているのだが」
彼の言葉に、テーブル全員の視線が細められた。
「……聞こうじゃないか、若造よ」
男がそう言葉を返すと、青年はグラスから指を離して、誰にも気付かれないようににやりと口角を上げた。
「……ああ、酒もあるんだ。ゆっくり話そうじゃないか」
親子ほども歳の離れた二人の男は、どちらも互いを射抜くような視線を交わらせ、それから青年はゆっくりと口を開いた。