あなたが教えてくれた世界
「──あぶねえ!!」
それを見ていた騎士は、彼女の足が離れたのを見て、ほぼ無意識に走り出した。
しかし、重力に任せて落ちてくる彼女は恐ろしく早く、彼は初めてイグナス自分の足の遅さを呪った。
(……くそ、間に合わない)
そう感じた彼は足をすべらせ、なんとか落下地点にまわりこむ。
伸ばした腕の中に彼女が落ちてきたのは次の瞬間だった。
(……怪我はないようだな……)
素早く相手の全身を見回して、彼はそれを確認し、ほっと息をついた。
そして、落ち着いてみると自分の方が怪我をしている事に気付いた。
人一人分の体重と、落ちてきた時にかかる負荷によって、左腕がほとんど使えなさそうである。
「……くっ……」
リリアスは、男の口からもれた呻き声を聞き、強くつぶっていた目を開いた。
そこには、先ほどまで話していた騎士の男の顔が視界いっぱいに広がっている。
目つきは悪いながらも吸い込まれそうな黒い瞳、通った鼻筋、薄い唇。
それらを目を丸くして数秒凝視した後、
彼女を抱きかかえるようにまわされた腕を意識する。
「……きゃあっ!」
突然の事に思考がとび、反射的に悲鳴をあげ、半ば突き飛ばしながら距離をとる。
それから、ふとこの騎士が受け止めてくれたことを悟り、
「……あ、お、お怪我はありませんか?」
失礼にならないように慌ててそう聞く。
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