bloody mary
「‥‥‥‥‥お父さん…」
両手で胸を押さえた菜々が、小さな声を絞り出した。
足が、腕が、全身が震える。
ガチガチ鳴りだした歯を、止めることもできない。
父親は驚くほど痩せていた。
菜々の記憶にあった、大きく威圧的で、恐怖と支配の象徴であった姿は見る影もなかった。
目だけはギョロリと物騒に輝いているものの、ひ弱にすら見える。
なのに、菜々の震えは止まらない。
それは、長年の隷属の証。
「菜々なンだな?」
父親が、足が石になったように動けなくなった菜々の両肩を乱暴に掴み、強く揺さぶった。
「こりゃ見違えた…
こんなに大きくなって、キレイになって…」
「…お父さん?」
菜々は目を大きく見開き、まじまじと父親を見つめた。
今まで、褒められたことなど一度たりともなかった。
彼の口から優しい言葉を掛けられたことなどなかった。
なのに『大きくなった』?
『キレイになった』?
菜々の心に微かな希望が灯る。
(私は『いらないコ』じゃなかったの…?
お父さんは…
私を愛してくれてたの?)