bloody mary
患者からの信頼も厚く。
同期からは一目置かれ。
先輩医師にも気に入られ。
大学病院での研修医としての生活も、順風満帆だった。
そんな中、俺は彼女と出逢う。
本物の俺と、出逢ってしまう。
俺が勤めていた病院には、特別室があった。
著名人や政界の大物などが入院時に使用する、個室の中でも特別な、所謂VIPルーム。
俺は准教授クラスのベテラン医師と共に、その特別室の患者を担当することになった。
ただの研修医という立場を考えれば、異例の大抜擢。
患者は成人病の延長線上にあるような軽い容態だったので、俺の将来に期待を寄せての要人への顔見せ、という意味合いだったのだろう。
彼女はその患者の妻だった。
かなり年齢差のある夫婦で、彼女はまだ30代前半。
妖艶さの中にどこか憂いを漂わせた、美しい人だった。
軽い挨拶に微笑みが含まれるようになり。
社交辞令に真実を織り込むようになり。
視線を絡めて。
何気なく触れ合って。
偶然を装い。
必然に変わり。
『政略結婚に愛なんてないわ』
彼女がワイングラスを片手に涙を一粒零した夜、俺たちは一線を越えた。
過ちを、犯した。