【短】『さよなら』と言えたら、苦しくないのに。
にっこりと笑ったその人に、あたしも笑いかけたような気がする。


正直、その後のことはよく覚えてないんだ。


ただ、苦しかったの。

胸が焼けるみたいに、ヒリヒリした。


お兄ちゃんが彼女を連れて来たのは、この時が初めてで。

あたしは、すごくすごくショックだった。



その夜……

枕に顔を押し付けて泣いたことは、よく覚えてる。


『妹ちゃん、かわいいね!』


そんな言葉が、耳から離れなかった。


だって、あたしは妹じゃないよ。

あなたの妹じゃない、お兄ちゃんの妹なんだもん。


『妹ちゃん』って、呼ばれたくなんかない。


そんな風に思ってた。

あの日は、ずっと眠れなかったな。



お兄ちゃんが、彼女を家に連れて来る度に。

あたし、一人で泣いてた。


お風呂の中で、部屋の片隅で、ふとんをかぶって。

声を押し殺して、気付かれないように。



きっと、あの時からだったの。

お兄ちゃんを好きなことが、苦しくなったのは――……


 ※ ※ ※ ※ ※

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