【短】『さよなら』と言えたら、苦しくないのに。
 * * * * * 


「俺、結婚しようと思ってる」


夜、二人きりの静かな室内。

切り出した俺を、ななはただ呆然と見つめた。


『結婚』


確かめるかのように唇がかすかに動く。


俺は笑顔で頷いた。

反射的にできるほど、作り笑いなんて慣れてる。


「ななに一番に報告したくてさ」


言った途端、ななは視線を逸らして。

泣き出しそうな空気だけがただ残った。



……ごめん、なな。

傷つけてばかりで、傷つけることしか俺には出来なくて。


でも泣かないで。


ななが泣くと――

俺まで泣きたくなるよ。


そして、この選択を白紙に戻してしまいたくなるから。



「……おめ、でとう……」


必死にしぼり出された声に、目頭が熱くなった。

押し潰されそうな胸の痛みに一瞬呼吸が詰まる。


それらを呑みこんで、俯いているななの頭に手を置いた。


「ありがとな。お前も、早くいい人見つけろよ?」

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