8月6日の選択肢
看護婦さんの見回りが終わったのを良いことに、私は部屋の窓を開けて月を眺めた。真ん丸の満月は、すごく明るくて、電気がなくても外や部屋が見渡せた。
「どうして・・・天宮さんの事を、みんな知らないんだろう」
お見舞いに来てくれた友達も、家族も、もちろん鳴海も、天宮さんの事を知らなかった。いや、いないことになっていた。そんな人は、最初からいなかったのだと。どうして?だって、彼女は確かに私の記憶の中にいた。
―――一之瀬さん、あなたとはね、
ふと、彼女の声が聞こえた。聞こえるはずないのに。でも、怖いとかそんな感じはしなくて。
―――ちゃんと友達になりたかった。
ああ、彼女は、友達がほしかったのだろうか。誰か、理解者が欲しかったのかもしれない。そんな自問自答に答えるように彼女の声が頭に響く。
―――あなたじゃなきゃだめ。・・・あなたが良いの。あなたと、友達になりたかった・・・。
「なんで?」
どうして私にこだわるの。思わず声に出る。何度聞いてもわからない。挨拶をしたなんて、それだけの理由でこだわるはずないでしょう。
―――ここの世界に私は、いないの。始めからね。
「え・・・?どういう、こと・・・?」
―――私は別の世界・・・つまり、この世界と似てるけど違う世界、パラレルワールドの世界から来た天宮美月。この世界以外では、あなたと私は親友なのよ。
意味が、わからない。パラレルワールド?無限ループの?あの、限りない可能性の世界の話?また、ぐるぐると混乱する。
―――この世界のあなたにも、私に気づいてほしかった。私を必要としてほしかった。・・・親友になってほしかった。でも、この世界のあなたは幸せに満ち溢れていて・・・・・・私が近づいたら、弾き返された。私は、不幸になった。
「この世界とかパラレルワールドとか・・・!もう、良いじゃん・・・・・・なんなの、天宮さん。私ばっかり、天宮さんが死んで悲しい!」
―――ふふ。嬉しい。もう、それで充分よ。
―――あなたはそういう人よね。どの世界でも、そういう人なのよ。それなのに私は・・・・・・くだらない欲望であなたとの糸を断ち切った。私はあなたとの繋がりを、勝手に壊して、勝手に繋げようとしたのよ。
「くだらない・・・欲望?」
もしかして。
―――・・・どの世界でもね、西山くんは私の恋人だった。あなたはそれをいつでも応援してくれて・・・私は幸せに満ちていた。でも、この世界は違った。私は、あなたとの繋がりを求めてこの世界に足を踏み入れたのに、西山くんが私の恋人じゃないことが気に入らなくなった。死んだのは、きっとこの代償ね。
どの世界でも、鳴海の恋人だった天宮さん。それがこの世界では私が恋人で。天宮さんはきっと、混乱したと思う。全く違うパラレルワールドだったから。でも、私は・・・それは普通のことだと思う。人間は欲望の塊なのだ。好きな人と関わりのない世界が気に入らないのは当たり前で。友情より愛情が勝ってしまうのも当たり前なんだ。
―――ねえ、ごめんね・・・っ、ごめんね、華織・・・・・・!私を、許して・・・。あなたと、友達でいられないなんて耐えられない。今更遅いけど、どうして私は西山くんを選んだんだろうって後悔するの。
でも、彼女は・・・天宮さんは、最後には友情を選んだ。私はそれが、無償に嬉しかった。だから私は、どの世界でもこの人と親友なんだと納得できた。
「ばか・・・許すもなにも、私達は親友でしょ・・・!」
違う出会い方をしたかった。親友として笑い合うような関係になりたかった。もっといろんなことを話したかった。
「どの世界でも、美月は私の親友だよ・・・・・・!」
だから。
―――・・・ありがとう。
君のことは、絶対に忘れない。
例え、この世界に君を知る人がいなくても。
存在しなくても。
私は君の、1番の親友だから。
「ここなん?」
「うん」
花束を置く。お墓という立派なものはないけれど、ここは彼女の居場所。
「天宮美月やったっけ?華織の昔の友達かなんか?」
不思議そうに私に聞きつつも、ちゃんと花束を置いてくれる鳴海に小さく笑いながら、大きく頷いた。
「私の1番の親友」
「・・・・・・亡くなったん?」
「うーん・・・ちょっと違う。"いなくなった"っていうか・・・"いなかった"っていうか・・・」
ますます鳴海が不思議そうな顔をする。なんでもない、と言えば、少し不満そうに鳴海は口を尖らせた。
「私、」
「ん?」
この世界では、美月じゃないけど。この世界だから、私なんだ。
「鳴海を好きになれてよかった」
「っ・・・?!」
鳴海の顔が真っ赤に染まるのを横目に見ながら、私は静かに目を閉じた。
美月、ありがとう。
君のおかげで、大切なことに気づけた。
君には、もらってばっかりだ。
だから、
どうか別の世界では、君の力になれていますように―――・・・
遠くの世界で、
君が綺麗に笑った気がした。
END
「どうして・・・天宮さんの事を、みんな知らないんだろう」
お見舞いに来てくれた友達も、家族も、もちろん鳴海も、天宮さんの事を知らなかった。いや、いないことになっていた。そんな人は、最初からいなかったのだと。どうして?だって、彼女は確かに私の記憶の中にいた。
―――一之瀬さん、あなたとはね、
ふと、彼女の声が聞こえた。聞こえるはずないのに。でも、怖いとかそんな感じはしなくて。
―――ちゃんと友達になりたかった。
ああ、彼女は、友達がほしかったのだろうか。誰か、理解者が欲しかったのかもしれない。そんな自問自答に答えるように彼女の声が頭に響く。
―――あなたじゃなきゃだめ。・・・あなたが良いの。あなたと、友達になりたかった・・・。
「なんで?」
どうして私にこだわるの。思わず声に出る。何度聞いてもわからない。挨拶をしたなんて、それだけの理由でこだわるはずないでしょう。
―――ここの世界に私は、いないの。始めからね。
「え・・・?どういう、こと・・・?」
―――私は別の世界・・・つまり、この世界と似てるけど違う世界、パラレルワールドの世界から来た天宮美月。この世界以外では、あなたと私は親友なのよ。
意味が、わからない。パラレルワールド?無限ループの?あの、限りない可能性の世界の話?また、ぐるぐると混乱する。
―――この世界のあなたにも、私に気づいてほしかった。私を必要としてほしかった。・・・親友になってほしかった。でも、この世界のあなたは幸せに満ち溢れていて・・・・・・私が近づいたら、弾き返された。私は、不幸になった。
「この世界とかパラレルワールドとか・・・!もう、良いじゃん・・・・・・なんなの、天宮さん。私ばっかり、天宮さんが死んで悲しい!」
―――ふふ。嬉しい。もう、それで充分よ。
―――あなたはそういう人よね。どの世界でも、そういう人なのよ。それなのに私は・・・・・・くだらない欲望であなたとの糸を断ち切った。私はあなたとの繋がりを、勝手に壊して、勝手に繋げようとしたのよ。
「くだらない・・・欲望?」
もしかして。
―――・・・どの世界でもね、西山くんは私の恋人だった。あなたはそれをいつでも応援してくれて・・・私は幸せに満ちていた。でも、この世界は違った。私は、あなたとの繋がりを求めてこの世界に足を踏み入れたのに、西山くんが私の恋人じゃないことが気に入らなくなった。死んだのは、きっとこの代償ね。
どの世界でも、鳴海の恋人だった天宮さん。それがこの世界では私が恋人で。天宮さんはきっと、混乱したと思う。全く違うパラレルワールドだったから。でも、私は・・・それは普通のことだと思う。人間は欲望の塊なのだ。好きな人と関わりのない世界が気に入らないのは当たり前で。友情より愛情が勝ってしまうのも当たり前なんだ。
―――ねえ、ごめんね・・・っ、ごめんね、華織・・・・・・!私を、許して・・・。あなたと、友達でいられないなんて耐えられない。今更遅いけど、どうして私は西山くんを選んだんだろうって後悔するの。
でも、彼女は・・・天宮さんは、最後には友情を選んだ。私はそれが、無償に嬉しかった。だから私は、どの世界でもこの人と親友なんだと納得できた。
「ばか・・・許すもなにも、私達は親友でしょ・・・!」
違う出会い方をしたかった。親友として笑い合うような関係になりたかった。もっといろんなことを話したかった。
「どの世界でも、美月は私の親友だよ・・・・・・!」
だから。
―――・・・ありがとう。
君のことは、絶対に忘れない。
例え、この世界に君を知る人がいなくても。
存在しなくても。
私は君の、1番の親友だから。
「ここなん?」
「うん」
花束を置く。お墓という立派なものはないけれど、ここは彼女の居場所。
「天宮美月やったっけ?華織の昔の友達かなんか?」
不思議そうに私に聞きつつも、ちゃんと花束を置いてくれる鳴海に小さく笑いながら、大きく頷いた。
「私の1番の親友」
「・・・・・・亡くなったん?」
「うーん・・・ちょっと違う。"いなくなった"っていうか・・・"いなかった"っていうか・・・」
ますます鳴海が不思議そうな顔をする。なんでもない、と言えば、少し不満そうに鳴海は口を尖らせた。
「私、」
「ん?」
この世界では、美月じゃないけど。この世界だから、私なんだ。
「鳴海を好きになれてよかった」
「っ・・・?!」
鳴海の顔が真っ赤に染まるのを横目に見ながら、私は静かに目を閉じた。
美月、ありがとう。
君のおかげで、大切なことに気づけた。
君には、もらってばっかりだ。
だから、
どうか別の世界では、君の力になれていますように―――・・・
遠くの世界で、
君が綺麗に笑った気がした。
END