みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
――いつの間にか標準フル装備していたこの“真顔”が原因らしい。
「前はわざと名前を呼んでいませんでした。でも、これからは“クセ”が抜けるまで待って下さい。
これでも私、昨日いきなり貴方が透子ちゃんのお墓に現れて、こうなって……未だ動揺しているんですからね」
表情はちょっと硬かったかもしれないけれど。薄墨色の瞳を真っ直ぐ捉えて、ようやく口にした本音。
透子ちゃんのためと理由づけていた一年前の私は、彼の名を呼ぶことなんてありえなかった。
呼びたくても呼べない。そんなジレンマは心に根づいてしまっているらしい。
歴代の彼氏と友人たちから、素直じゃないことには定評のある私。
故にこうして本心をさらけ出して、お願いすることも滅多にない。
――何より1年も前とはいえ。2年以上も彼に仕えていたら、部下としてのクセも簡単には抜けないものだ。
すると、今まで左隣で不機嫌さを露わにしていた男の腕が肩に回った。
グッと左方へ引き寄せられた刹那、爽やかなムスクの香りが鼻腔を擽る。
「ホントに巧いな。――朱祢中毒にかかったみたい」
「……私はある種の毒物ですけど」
「それも劇物」
「人をなんだと」
「朱祢さま?」
「その言葉、そっくりお返ししますよ」
あっという間にソファの仕切りを越えて、私の身体は彼の膝上で落ち着いた。