みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
IDカードをかざして地下駐車場へ進み、車を停めたあと地下通用口から地上へ向かう。
ロビーではすれ違う人と挨拶を交わしつつ、役員用エレベーターに乗り込む。
顔はいつもの笑顔を浮かべていたものの、内心大きなショックを受けていた私。
重役フロア直結のエレベーターが上昇を始めると、はぁ……と溜め息を吐いた。
――ロビーでいつも出迎るの早水がいない。こんなこと今までなかった。
目的の階で停止したエレベーターを降りると、足早に役員室へ向かう。
バン、と大きく両扉を開いた刹那、俄かな希望は泡となって消えてしまった。
「……な、んで」
意気消沈した私は、呟きながらドアを静かに閉める。その瞬間すら惨めで泣きたくなる。
専務室に来たら、早水が待っていてくれるかもしれないと思っていたのに。
「もうっ!なんなのよ!」
スマホを取り出すと、グッチの新作バッグは革張りソファに乱暴に置く。
タップして発信をかけた数秒後、「早水ですが」と機械越しに聞こえた声で動揺する。