みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
少しの怖さを感じながらも、耳に当てているスマホを固く握って口を開く。
「ちょっと!昨日は電話にも出ないし!今日だって……どういうつもりですか!?」
「どういう意味でしょうか?――菊川専務」
「はあ!?からかってんの!?」
初めて言われた呼び方は大きな隔たりを表していて、つい立場も忘れ声を荒立てていた。
「貴方が選んだ道ですよ。今後は用件があれば内線でお願いしますね」
だけど、何もかももう遅い。彼の発言にはそのすべてが凝縮されていた。
プツリ、と途切れた通話がすべての答え。何も伝えられずに距離を置かれて、朝から泣きたくなった。
同行業務は誰がしてくれる?私のスケジュールの調整に、パーティーの相手役だっていない。
ううん、早水の代役なんていない……。何を張り合いに頑張れば良いんだろう?
力なくソファに身を委ねると、ただ泣かないように固く目を瞑るしかない。
直接、拒否をつきつけられた。いや、私が手放したのだから当然の報いだ。
「……ありがとう、くらい……もっとちゃんと言えば良かったな」
皇人が言っていた通りだ。私は肝心なことには臆病で、都合よく逃げる卑怯な女そのものだと笑えてくる。